のぞみ整体院
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整体・身体観 33

221020 名医の外科処置痕

 詳細は書きませんが、幼い頃に大変なケガをされたお客さん(Pさん)が来られました。
 ケガは左手にされていて、来院時の症状は腰痛と左足の痛み。ただし腰痛・左足痛の原因は左手のケガではなく、直近にされた尻もちの後遺症状です。どしんと尻もちをついて以来、腰が痛くなり、歩くと左足が痛い、と、そんな状態でした。

 尻もちの場合、こけ方というかつき方にもよりますが、直接傷めるのは骨盤・おしり周辺です。が、その衝撃は〈背骨を支える筋肉〉にも波及しますから、整体の作業としては、まず骨盤・おしり周辺に施術してしっかり立て直してから、次いで背中の凝りを弛めるのが定石です。
 Pさんの場合、この凝りを弛める段階でおそらくは左手のケガが問題になってくるだろう、と私は警戒していました。尻もちから波及した背中の凝りと、左手のケガに由来する背中の凝りとは必ず影響し合います。全部すっきり改善させることを狙うなら、左手も巻き込んで広域に施術していけば良いのですが、左手は大変なケガですから本気で取り組めば時間も手間も相当かかってくるはずで、Pさんの来院動機から大きく外れます。なので、左手は、できれば深入りせずに済ませたい。大変なケガではあるものの、幼い頃からこれまでPさんはうまく付き合ってこられたわけですから、作業はなるべく〈尻もちへの施術〉に限局させて、せっかく寝ている子をわざわざ起こしたくないと思ったのです。

 うまい具合に、検査をしても左手から反応は得られません。――よしよし、Pさんの身体も「ここは施術せずに放っておいて」の気分なのだな、と都合よく解釈して他の部分の施術を進めました。が、そこそこ弛んだ後でさらにもう一押し、背中をゆるめておきたい感覚が私に残りました。
 これ以上どこをどうしろというのかな……慎重に検査を重ねながらひょいと視線を上げると、ぽいとベッドに投げ出された右手の、人差し指にも傷痕があるのが見えました。「Pさん、ここもケガされてますね?」訊くと、左手と同じ時にケガをした、とのこと。

 幼い頃、同時に左右の手をケガして、右も左もしんどい状態では不都合だろうからと、当時のお医者さんがかなりがんばって処置してくれたのです、と、Pさんが話されるのを聞き、そして実際に丁寧にやりくりされた傷痕を見ていると、じわ――っと感激が湧いてきました。

 整体の仕事をしていると、ときどき、実に繊細で丁寧で思いやりに満ちた先人の処置に出合うことがあります。緊張に満ちた慌ただしい救急の現場で、瞬時に決断を下し、実行するだけの腕を備えていて、その処置が末長く患者を支える。決して会うことはなく名前も知らない名医の、確かな仕事の痕跡を目の当たりにすると私は、なんとも言えず嬉しい気持ちになります。もちろん、自然に気合も5割増し。
 「エエお医者さんで助かりましたね」私が言うと、Pさんは「本当ですよ」と、あっさり・しみじみおっしゃいました。

 右手人差し指の施術が済むと背中も程よく弛んで、それでもやっぱり左手のケガに検査は反応しないままで、どうやら寝た子は起こさずに済みそうです。
 「ハイ、終わり」と立ち上がってもらうと、Pさんは肩腰を動かしながら「いやぁ、整体ってのも効果があるもんですネ」と晴れ晴れした顔で茶目っ気たっぷりに笑い、「たぶんこれで大丈夫なので、しばらく様子を見てください」と言う私に「また困ったら寄せてもらいます」と言い残して帰られました。





 先日の新聞で香川の万波誠医師が亡くなられたことを知りました。腎臓移植のプロフェッショナルで、病気腎移植に関して賛否があることを取り上げたNHKの番組をずいぶん以前に私は見ていて、そこで初めて万波さんのことを知り、感銘を受けました。
 会いに行く理由も口実も見つけられないまま、けれどお会いしてみたかったかたでした。また一人、すごい判断・技術の持ち主が鬼籍に入られたのだな……と、残念に思います。


221109 へその緒、舌骨、下顎と逆立ち。

 1〜2か月前から私は、自分の顔・あご・口まわりに集中して細かい施術をしています。
 生まれたときにへその緒を首に巻いていたこと、小学生時代に自転車でカーブを曲がり損ねて同じ場所で立て続けに2度も顎を切っていること(これで、懲りることの大事さを思い知りました…)、10年ほど前にヘルペスウイルスに食われて口の右上と右目の下に痕(癒着)が残っていること、物心ついたときから仏頂面のへの字口だったことなどから、顔・頭まわりの筋肉バランスに何かしらの問題があるのは確実でした。なので、これまでにも何度か周辺の施術に挑戦してはいましたが果たせず、また改めての挑戦を思い立ったのが今回の施術でした。

 で、まあ、作業の詳細は省略するとして現在までの大まかな経過を記録しておくと、今回の施術は序盤からなかなか好調でした。口まわり・あご・頬骨周辺・耳周辺・首・のど、と連鎖的にどんどん施術が展開しています(いまも継続中)
 そしてここまででわかったこと、というか私なりに納得したことは、へその緒を首に巻いて生まれるとなかなか大変なのだな、ということです。首を絞められた場合、のどの前側にある骨(舌骨・甲状軟骨)が折れることがあるそうですが、私の場合、骨折の有無まではわかりませんが、舌骨に絡む筋肉(顎二腹筋(がくにふくきん)の前腹(ぜんぷく))はそこそこ傷めていたようです。
 顎二腹筋。かなり地味な筋肉、と言っても怒られないくらいの、小さな筋肉なのですが。

 で、物の本(『ムーア臨床解剖学 第3版』)によると、顎二腹筋前腹と内頸動脈は関係が深いそうで、しかも内頸動脈は一過性脳虚血発作(TIA)という、病気というか一時的な状態と関連することもあるようで。
 小学生高学年頃から年に1〜2回程度ですが、私は或る型の片頭痛を起こすことがありました。中学生時代には脳のCTを撮ってもらいお医者さんから丁寧な説明を受けて、「脳の血管に異常はない」と言われています。長じてこの仕事をするようになってからは、あの片頭痛って、ごくごく軽いTIAだったんじゃないのか?と疑っているのですが、もしそうであったとして、整体屋的に顎二腹筋に注目しまくりな今の気分としては、脳みそも良いけど内頸動脈周辺のCTを撮ってもらえばおもしろかったかも!と、実に今更な無念を覚えました。

 顎二腹筋が頼りないと舌骨の位置も安定しませんし首まわりの筋肉バランスもむちゃくちゃになりますから、頭の位置が偏ります。私の場合、キリッと下顎を引いておくことができずにへらっと顎が上がり、それに伴って猫背になる、というのが姿勢全体に及ぶ影響だったようです。
 この理解は、逆立ちをして得られました。ヨガには〈頭を抱え込んで前腕と頭で立つ〉タイプの逆立ちがあって、これは、私はできます。練習なしで最初からできました。一方で、体操選手がするような腕で突っ張るタイプの逆立ちはまったくできませんでした。壁に爪先を預ければ逆立ちの姿勢は維持できるけれど、壁から爪先を外せない。まっすぐ自力で立つには顎を引くのがコツなそうですが、私は顎が引けないというか顎を引くという動きがイメージできなかった・わからなかったのです。
 それが顎二腹筋前腹および首まわりの施術が進むにつれて、逆立ち中にキュッと顎を引く、地面でなくてへその方向の景色を見る、ができるようになりました。〈壁の補助なし逆立ち姿勢〉を維持するためには、肩まわりの筋力増強も含めて、逆立ちそのものの練習がまだいくらか必要でしょうが、コツの最初は掴めたように思います。
 〈足を支えにして頭を上に載せる〉通常の立ち姿勢ではもともと骨格自体の安定度が高いために、筋力バランスが相当不安定な状態であっても、ともかく立ち姿勢は維持できます。頭も一応、首の上に載っかっている。ですが〈腕を支えにして頭は首からぶら下げる〉逆立ち姿勢では、肩−首−頭の位置が安定しないことにはそもそも姿勢が維持できません。この違いを体感できたのはおもしろい気付きでした。

 なーんだ、私の場合、頼りなかったのは顎二腹筋と舌骨・下顎、それと首まわりの筋肉だったのかぁ……。一旦そこに納得すると、なぜ私がクロールの息継ぎができなかったかもよくわかりますし、なぜ、頭を横に回して息継ぎするクロールより、顎を上げたまま泳ぐ犬かきや前方で息を継ぐ平泳ぎのほうがマシに思えたのかもわかります。なんか、もう、首の筋肉(この場合はたぶん胸鎖乳突筋)頼りないのに25m泳げないから補習とかいって他人より余計に泳がされていた幼き日の私がかわいそうで仕方ない。どこをどうすれば沈まずに済むのかさっぱりわからず、結局息止めて、ヤケクソみたいに泳いでいたもんな……。ってこれってたぶん、出生のときと同じ状況だわ、と、気付いてしまうのがまた情けなくも哀しい。


221227 施術の手がかり

 首が痛い、頭も痛い、とPさん(仮)が初めて来院されたのは2か月ほど前のことでした。
 ケガ・手術歴を尋ねるとそれほど多くはないけれど、そのうちの一つは複雑にこじれている可能性がなくはない。そして、頭痛・首痛はありふれた症状ではあるけれど程度はかなり重そうで、自覚してからの困り期間も割合長い。こういう場合、私の経験では、パッとあっさり改善するか、ずぶずぶに手こずって途方に暮れるか、どちらかになる場合が多い。
 パッとあっさりパターンになってくれると良いけどなあ……思いながら施術を始めてみると、どんどん嫌な予感が膨らみます。明らかに、お聞きしたケガ・手術歴以外に何かしら、深刻な癒着がある……。でもそれがどこだかわからない……。

 1回目の施術のときの私はまだ楽観的で、複雑そうではあったけれどそこそこの手応えは得られたし、全部の癒着を剥がせなくても改善する場合はあるわけだから、症状はなくなるか・少なくとも減ってはくれるかもしれないな。そんな気分でした。
 その1週間後、2回目のときには早くももう駄目で、アカン、これは絶対何かある……。Pさんにも改めて、「まだ何か、私がお聞きしていない大きなケガの心当たりはないですか?」訊いてみましたが、無いとのこと。う――ん……。

 3回目は1か月以上開いての来院で、Pさんによると、前回の施術で1週間くらいはマシな期間があったものの根本的に改善したわけでは全然なく、間が開いたのは単に家の事情で来られなかっただけ、とのことでした。が、その間にPさんは、親御さんにご自身のケガのことを訊いてくださっていて、「3歳くらいにすっぱり指先を切っていました」と、いまも薄く残る傷痕を見せてくれました。――ああ、ありがたい! それですわ!
 早速施術にかかるとどんどん作業は展開して、終わる頃にはPさんの首周りはすんなりゆるんで、顔色も表情もすっきりされていました。はあ、これでもう大丈夫。まだ完璧ではないかもしれないけれど、少なくともいくらかは楽に新年を迎えられますよ!と、またまた私の楽観モードが回復しました。

 ずぶずぶに手こずる場合というのは大抵、決定的に重要な癒着が見つけられていないことで起こります。手こずって・もがいて・あちこちせっせ探しているうちに運良く大物が見つかればやがて作業は進みますが、それが見つかるまではひたすらじっくり目の前の小物を整理し続けることになるわけで、もちろんその小物整理だって必要な作業だし地道な改善にはつながっていくのですが、大物がいつ見つかるかは運次第みたいな状況に陥ることもあり得るし、何より、すぱっと大物が改善できてガラッと体調が見違えたときの手応えと安心は格別で、私が嬉しい。なので、やっぱり先に「ここ、ケガしています」と教えていただけるのは助かります。
 とはいえ、小さい傷の一々までをお聞きしていたら情報量が多くなりすぎて、状況を整理できずに混乱して、却って事態が見えなくなる場合もあります。
 じゃあどこまでが重要でどこからは余分なのだ、と訊かれるとそれは私も一概に言えませんで、困ったことですが、目安としては、数日経てば忘れる程度のケガなら深刻な癒着にはならず、数年経っても周りの誰かが覚えているようなケガ・事故・手術は深刻な癒着になっている場合が多い、という感じでしょうか。

 ともあれ、Pさんには、「症状がきれいになくなっていたらもう来てもらわなくて良いですし、まだ残っているようなら年明けにでも来てください」そうお願いして、お別れすることができました。
 続きをするなら、それはまた来年。おかげさまで私も、年越しの明るい手土産をひとつ、いただくことができました。はあ、やれやれ。めでたい。年なんか明ける前から、めでたい。ありがたい。


230208 筋トレの意識と整体

 整体がうまくいって筋肉バランスが改善してくると、放っておいても自然に身体の動きは変化します。そういえば姿勢が伸びたとか、気付けば歩く歩幅が広がっていたとか。
 この変化はひょっとすると、日常的に筋力トレーニング的なことをしている人より、していない人のほうが見えやすいのかもしれない……とは、私が整体屋をしていて感じることです。筋トレとか素振りとか、単純な反復練習を日々している人のほうが、身体の変化に気付く機会は多そうなのになあ、と、正直、不思議でした。

 先日、運動部所属の学生のお客さんに、施術後に少し動いてもらう機会があって、謎がちょっと解けた気がしました。
 筋肉バランスが変わっても、トレーニングの仕方を変える・意識の置き方を変えるつもりを持たない限り、動きは意外と変わらないのかもしれません。しかもそれが反復練習となると、以前のバランスでの反復練習が癖になっているために、なおさら、トレーニングの内実を変化させにくいのかもしれない。
 例えば前屈をする場合、〈指先を足に向けて伸ばそう〉とするか〈腹を凹ませて上体を折り曲げよう〉とするかで動きは全然異なります。結果的に指先は足に届かないままだったとしても、動かし方を変えればトレーニングの意味・目的は変わります。そして意味・目的を変えると、以前のバランスに準じたトレーニングから、改善したバランスでのトレーニングへと変化して、筋トレの結果もそれに応じたものになるのじゃないか、と想像しました。ただしこれは、改善した筋肉にとっては一からの鍛え直しになりますから、気長に取り組んでもらわねばなりません。

 ずいぶん以前に来られていたお客さんで、私の施術を受けながら、別のトレーナーにも師事しておられるかたがいました。リハビリの必要上、整体はやめてもトレーニングは継続される可能性が高いので、トレーナーの立てるメニューにあれこれ口出しはしたくない。でも私にはそのメニューがそのかたの状態にあまり適しているとは思えなくて、そんなことをしていたら余計に身体が悪くならんかな……秘かにハラハラしていました。その後、思うような改善は得られないまま整体は中断になり、お客さんは来院されなくなりました。
 あのとき私はどうすれば良かったのだろう……いまもときどき考えますが、メニューは変えずに動き方の意識だけ変えてもらうのも、手だったかもしれない、と今回思いました。もちろん、そうしていれば間違いなく改善できた!か、どうかはわかりませんが……。


230224 ムチウチによる姿勢の安定低下

 運動中に傷めた不調が1ヵ月経っても改善しない、とPさんが来られました。同じ競技仲間である別のお客さんから紹介いただいての初来院です。
 運動をしているかたにはよくあることですが、Pさんもわりとケガが多い。まずはともかく全身の状態を把握したいので、何歳の時にここ、何歳のときにはこっち、と生まれたときからのケガの履歴を聞いていきますが、直近かつ直接の原因になっているのは1ヵ月前の大きな転倒で、主訴は、それによるムチウチ。自覚症状は首・頭まわりに出ています。

 ムチウチは、首に症状があれば腰に、腰に症状があれば頭・首に癒着がある、というのが私の施術では鉄壁の理屈です。私が引き受けられるレベルのムチウチであれば立て直すのはそう難しくない――というか作業はむしろ簡単・単純なことが多い。場合によっては施術が展開するにつれて、昔のケガとの絡みがごちゃごちゃしてきてややこしくなることもありますが、まあ、大抵はあっさりした施術で済みます。
 Pさんの場合も転倒の際に股関節を傷め、さらに頭部を強打したとのことなので、頭部の強打ぶりがどの程度のものか、昔のケガの影響がどの時点で・どの程度自己主張を始めてくるかは注意しておく必要がありますが(=どちらの場合も、施術が展開するにつれて主訴が変わってくる)、さしあたりはたぶん、頭の施術は後回しで良いんだろうな、と想像しながら筋力検査を始めました。

 作業はおおむね想像通りに展開して、手応えも良い。ちょっとここらで試しに動いてもらおうかしら、と、Pさんにいくつかの動きをしてもらうと、予想を超えて、身体のバランスが悪い。いわゆる体幹が弱い状態で、前後に開脚して立ってもらうともう、ぐらぐらして全然安定しない。
 あやややや、こんな状態でスポーツなんかして大丈夫か……!? ケガばっかりしそうやな……と内心ハラハラしながら再度ベッドに上がってもらって、続きの施術。寝た姿勢から立ち上がると、癒着のありようが明確になるので、それを踏まえてさらに施術。ひと区切りつくとまた動いてもらう。でまた施術。動いてもらう。3回目にはぐっと安定感が増して、4回目にはピタッと姿勢が極まるようになって、施術のほうも一段落。その日は終わりにしました。

 股関節の状態が改善して首・肩の緊張がゆるんだPさんは「首が動く! 顔が動く!」と満足なご様子で、私のほうは、立ち姿勢が安定してくれたことにほっとしました。次回は、一度試しに運動をしてみてから来院いただくようお願いしました。うまくいけば、ムチウチの施術はそれで一段落できそうです。


230320 自転車のハンドルの握り方と肩甲骨の動き

 私事ですが、自転車のハンドルの握り方が変わってきました。
 以前の握り方は、肩を上げて肩関節を横に開いて腕を横〈く〉の字に曲げる握り方でした。それがいまは、肩を上げずに腕を下げて、両腕を〈L〉字に並べる持ち方に近付いてきました。ここでは仮に、〈く〉の字に開くのを土下座肩、〈L〉字に落とすのをスフィンクス肩と呼ぶことにします。

 ざっくり言うと、土下座肩とスフィンクス肩を分けるのは、肩甲骨の動きの良さ・悪さです。
 そしてこれまたざっくり言うと、肩甲骨を支える筋肉は2種類に分けることができます。〈上側の筋肉〉は頭・首から肩甲骨を吊り下げる方式で、〈横側の筋肉〉は肩甲骨を背中の真ん中に引き寄せる方式。まあ、上側・横側といっても完全に一方だけで支えることは少なくて、要はどちらが主になって働くか、という話ですが、上側の筋肉の引きが強いと土下座肩になって、横側の筋肉の引きが強いとスフィンクス肩になる、そんな感じです。

 土下座肩でハンドルを握るタイプの人は、何もしていないときでも肩の位置が上がっていることが多いので、「もっと肩の力を抜いて」とか言われがちだし、緊張すると、余計に肩は上がることが多いので、なおさら言われる羽目になる。運動系・武術系の教室で聞かれる「ほら、肩の力を抜いて」「いや、別に力は入れてません」みたいな対話が起こるのはこのタイプの筋力バランスの人にはよくある話です。もちろん本人に力んでいる自覚はありませんから、指摘されたところで自然な改善は望めません(努力して肩を下げてみたところでそれは〈改善〉とは言えない、と私は考えます)
 土下座肩が「力んでいる」とダメ出しされ、スフィンクス肩が特に注意されないのは、スフィンクス肩のほうが動きに余裕があるからです。肩甲骨を支えるための筋肉としては、上側の筋肉はいささか華奢で、効率の良さを狙うにはホントは横側の筋肉主導で支えたい。けれど何らかの事情で横側の筋肉の働きが十分発揮できないから、上側ががんばる以外に手立てがない……。

 とまあ、そんな事情で上側の筋肉主導の土下座肩姿勢は作られるわけですが、私の肩関節もこれまではその状態でハンドルを握っていました。が、この度めでたく、スフィンクス肩に移行しつつあります。嬉しい。
 きっかけになったのはさる地で借りたレンタサイクルでした。選択の余地がある場合は私は必ず、土下座肩と相性の良いバーハンドルいわゆるトンボ型のハンドルを選びます。けれどこのとき「はい、どうぞ」と用意された一台は、スフィンクス肩と相性の良い(何ハンドルと言うのか知りませんが)いわゆるカマキリ型でした。この型のハンドルは、脇を締めた状態でハンドル操作せねばならず、私としては乗りにくい。
 う———ん……他のは無いのかなあ……? よっぽど訊きたかったけれど時間にあまり余裕がなく、訊いたところで「無い」と言われる気配が濃厚にも思えて、しようがない、サドルを高めに調整して乗ってみよう、漕ぎだしました(余談ですけど、町で見かける子どもの自転車はサドル低すぎなのが多くないですか? 「こけたときに足が着くように」という配慮からおそらくは低めにしているのでしょうけれど、それ以前に膝・腰を傷めそうで心配です……)

 カマキリ型レンタサイクルは往復で2時間も乗らない短い移動でしたが、まもなく肩が自転車に馴染んできました。これはいままでになかったことで、その数か月前からしていた首周りの施術が功を奏して、筋肉のバランスが変化していたことを実感しました。ああ、なるほど、こういうふうに肩を使うのか……身体的に納得しつつ快適に走りました。で、帰宅してから自分の自転車に乗ってみると、こちらはバーハンドル・トンボ型なのですが、スフィンクス肩に寄せた握り方をしたがる自分に気付きました。とともに、直立姿勢横向きの肩関節を鏡で確認すると、腕を巻き込む猫背モードな状態から、本来の自然な位置に近付きつつあるのがわかりました。――おお! 上腕骨頭が帰ってきた!
 やたら気分が良くなって、ついでにちょこっと、肩甲骨横側の筋肉を鍛えたい気分にもなってきて、気が向いたときにちょこちょこ程度ですが、腕立て伏せふうの筋トレも始めてみました。そうすると当然、ハンドルの握り方にも好影響が反映されて、肩・肘・手首・指の関節にまですんなりした感じが出てきました。20年前からずっと、太極拳のお師匠さんに指摘されつつ改善しきれなかった腕の形が、ようやく変化している手応えがあります。
 私の想像では五十肩の原因は土下座肩で、私自身も土下座肩なのだからいずれは五十肩になるのだろうと思っていました。ま――、なったらなったで、自分を実験台に施術方法を試行錯誤するかぁ、とゆるい覚悟を決めていましたが、ならずに済むならそのほうがずっと嬉しい。スフィンクス肩に移行しつつあるいまの気分は、このまま五十肩にならずに済むかどうかを観察しよう、と、ちょっと気楽なものに変わりました。


230406 おめでた報告

 数か月前に来られたお客さん(=Pさん)を紹介くださったかた(=Qさん)から、「おかげさまでPが妊娠しました」と先日、報告いただきました。

 Pさんは、来院される数年前にかなりひどい尻もちをつかれました。整骨院にしばらく通い、症状は治まり、やがて、妊娠を希望されようになるもなかなか叶わず、悩んでいたところQさんに薦められて、「婦人科での次の段階の治療に取り組む前に」と、うちに来られました。
 私の要望通り、わりと短い間隔で2回来院くださって、それで作業は一段落したので、「さしあたり整体屋にできることはしました」とお別れしました。Pさんへの整体はそんなに難しい作業じゃなかったし施術がうまくいった手応えもありましたが、こればっかりは最後は授かりものなので結果がどう出るかはわかりません。ただ整体屋的に確実だと思うのは、あれこれ手を尽くすにせよ、そもそも母体がしんどい状態では赤ちゃんも落ち着いて居着けないだろうし、手立ての効果も下がるだろう。だからまあ、ともかくせめて来院前よりは身体をゆるめて、過ごしやすいおなかに整えて、手立てが響きやすい状態を準備するのが私の仕事だろう…… 。

 と、そんなふうに思っていますので、結果的にPさんが、次の治療には至らずに妊娠されたとお聞きして、どっと安心しました。嬉しい。自分の財布でなくっても費用対効果がやたら気になる私としては、Pさんの希望が叶ったのはもちろんのこと、安く済んだことがとても(!)嬉しい。なんだかとっても清々しい。


230413 膝関節の痛みと足首・股関節の動き

 昨年末頃からスポーツタイプの自転車に乗り始めました。といっても普段使いと荷物量が多いときはこれまで通りにいわゆるシティサイクル (というかママチャリ)を使っていますので、まあときどき、1〜2週間に1回くらい、ちょっと気合を入れて遠出するとかサクサク漕ぎたいときとかに乗る程度の使い方です。
 実は30年くらい前の一時期にも乗っていたことがありますので、今がスポーツタイプデビューというわけではありません。ずいぶんブランクが開いた後のリバイバルです。そしてその当時と今とで決定的に違うのは、私が整体屋になっていることです。いや〜、これがおもしろい。学生時代はボケーっとカッチョイイ自転車に乗って悦に入っているだけだったのが、いまはああかな?こうかな? こぎながら何だかんだ感覚して、考えて、試行錯誤ばっかりしています、運転も施術も。

 それはともかく、スポーツタイプに乗り始めてすぐから右膝が痛くなりました。
 最初の内は、お、来た来た、そりゃあママチャリとは違う筋肉使っているからな。筋肉痛くらい起こるだろ。微笑ましく余裕に構えていましたが、これがいつまでも治らない。2ヵ月くらい微笑んでいる内にさすがに焦ってきて、……これはもう、筋肉痛ではないってことね。自然回復を諦めました。

 で、あっちこっち施術する中で体感したことは、「膝はホントに蝶番関節なのだなあ……!」ということです。蝶番は扉を支えるあの蝶番のことで、蝶番関節は曲げる・伸ばすの一方向にしか動かない関節のことです。一例を挙げると、人差し指の先二つの関節がそうです。中指〜小指でも良いですが、親指は関節の数が少ないので先一つだけが当てはまります。
 膝は、指に比べるとずいぶん大きく複雑な関節ですが、蝶番関節です。少し曲げると多少の横揺れが生じますので準備運動のときに膝を回したりはできますが、あれは飽くまで〈遊び〉の範囲の動揺で、関節としては蝶番関節です。

 ところがそんな蝶番関節な膝の、上下にある関節、足首と股関節は自由度がとても大きい。構造はまったく異なるけれど、どちらもくにゃくにゃ・くるくるよく動きます。そしてこの上下関節の動きの良さこそが、膝関節の蝶番性を担保しているのだな、と、身をもってしみじみ実感しました。
 具体的に言うと、足首か股関節かその両方の動きが悪くなると、太ももと脛の骨を良い状態の位置関係で突き合わせることができず、膝関節に変なねじれを生じさせる。私に関しては、これが膝の痛み・腫れの原因でした。足首では脛の骨を・股関節では太ももの骨を適度に回転(回旋)させてお互いの向きを良い位置に合わせるわけで、そのお膳立てがあるからこそ、膝は蝶番運動が全うできる……。
 とすると、膝の痛みに対処するには、〈足首は十分柔軟か?〉〈股関節は十分柔軟か?〉のチェックが不可欠で、そちらを弛めないことには膝の動きは改善しません。

 なるほどなあ……うむうむ頷きながらごりごり施術していると、ひと月せずに、自転車で走ってもそれほど痛まなくなりました。が、日常動作のふとした拍子にちょっと危ないような不安定さを膝に感じるようになりました。これは多分、身体の状態は改善したのに筋肉の使い方・動きの癖は変化していないことで起こる不安定さだろう、と推測。1週間くらい、足を動かすたびに「膝は蝶番関節」「膝は蝶番関節」まじないのようにぶつぶつ念じて膝の蝶番具合に意識を向けていると、不安定さも落ち着いてきました。
 いまは、確認のためにときどき念じる程度で済ませていますが、特に右膝が気になることはありません。よしよし、良い感じだぞ、……と思っていたら、今度は左膝が不安定になってきました。宿題を提出しに行ってそのまま次の宿題を渡された気分。やれやれ、左の事情は何なのか……。


230508 変形性股関節症と股関節〜足にかけての痛み

 股関節から太ももにかけて激痛があり、病院に行くと変形性股関節症と診断されて骨頭置換の手術を勧められるも怖いからそのときは見合わせて、そのまま数年が経つ、というお客さん(=Pさん)が来られました。数年の間は、〈歩きすぎると痛みが悪化するけれど休息すると軽快する〉状態が続いていて、ここ最近は、休息しても痛みが引かないので困っている、とのことでした。

 Pさんはそれほどケガの多いかたではないですが、幼い頃に一度、長じてからも一度、尻もち的なケガに遭われています。
 尻もちをついておしりの筋肉を傷めると、股関節を支える筋肉のバランスが崩れます。太ももの骨を吊り下げるのに、あっちの筋肉とこっちの筋肉とがうまくバランスしていれば、股関節は良い具合にゆるんで太ももの骨は宙ぶらりんに安定します。ところが、あっちの筋肉の働きが弱くなったためにこっちの筋肉ばっかりで骨をぐいぐい吊り支えるような状態になると、関節が宙ぶらりんで居れなくなる。そうして起こるのが変形性(股)関節症で、傷ついた筋肉を修理してバランスを回復できれば、骨の変形自体はおそらく残るだろうけれど痛みは無いか・少なくなるかして過ごしやすくなる、と、私は理解しています。

 だからまあ、そんなつもりで整体していきます、と説明すると、「合点がいきました」とPさん。
 初回はおしりにごりごり施術。まだしばらくはおしりの修理が続くだろうと思っていたら、2回目には手指のケガも併せて施術することになりました。どうやら、〈おしりの負担を引き受けて股関節がしんどい〉という近場からの負担と、〈手指の負担を肩・背中が引き受けて→それをさらに股関節というか腰が引き受けている〉遠方からの負担と、二通りの負担を集中して担うことで腰・股関節はへばっているようです。

 Pさんにはまだ2時間施術させてもらっただけですが、初回の1時間の帰り道に、早くも太ももの激痛は軽快していたとのことでした。
 私に対応できる範囲の変形性(股)関節症とか脊柱管狭窄症に伴う腰〜足にかけての痛みは、改善の仕方に2パターンがあるようで、パッと良くなってはまた痛くなり、をくり返しながら徐々に改善していくかたと、自覚症状はちっとも良くならないままじわじわじわじわ改善を積み重ねていって、あるとき、「あれ、そういえば」式に軽快に気付くかたとがあるようです。Pさんはおそらく前者なのでしょう。次に来られたときには「また痛くなった!」と言われるかもな……と、覚悟しつつ次回の来院を待つことにします。このテの痛みは、私の仕方では、なかなかつるっとトントン拍子には改善できないのです……歯がゆいことですが。


230624 身体と心の連動を垣間見る

 数年にわたって来院くださっているPさんの状態が、この2回で劇的に改善しました。
 当初からお困りだったのは股関節から足にかけての痛みで、これはず――っと変わりません。施術をするとマシになったり・ならなかったり、症状の部位が増えたり・減ったり・移ったりとそれなりに変化はするものの、困り事の全部が完璧に改善・消失してすっきり! 整体卒業です!とは、なってくれない。「やっぱり痛い」「今度はここがしんどい」と言われる度にすみませんすみません言いながら、どうしたものかなあ……私は途方に暮れていました。

 実は最初の数回の施術が済んだ時点から私はずっとヤキモキしていました。詳細は伏せますが初回の聞き取りの段階で、Pさんが子どもの頃にひとつ、強烈なケガをしておられることがわかっていました。そして、そこをそんな風にケガしているなら、そしていまのような症状が出ているのなら、たぶんここにも施術が必要なはず……と私は予測し、いずれ近い内に、そこへの施術をすることになるだろうと、軽く構えていました。
 私的には、この予測は適当な思い付きなんかでなく、経験からも理屈からも妥当と思っていましたから、来院されると毎回、今日は施術できるだろうか? 今日はどうだろうか? ちょっとしつこく・探り出す意識でその周囲に筋力検査を試していました。が、いつまで経っても、反応が得られない……。

 たとえ癒着があることが確実であっても、筋力検査に反応しなければ施術はできませんから、私には手出しができません。うーん、予測が間違ってたかな? それとも、適切な施術ができていないからまだ事態が展開しないだけ? ああでもないこうでもないのジリジリ状態を抱えながら、ともかくいまできることから作業は進めつつ、でも粘りの姿勢で、もう既に何度も繰り返してきた昔のケガのことを懲りずに話題に振ってみると、不意にPさんが「あのときのケガでは、ここにまで衝撃が響きましてね……」と、私が施術したかったところを指摘されたのです。――ああ! 漸く……!
 検査をすると案の定反応が出て、そこからはあれよあれよで事態が展開。その日の作業は順調に終わり、次の来院時に訊くとその間の経過は好調だったとのこと。続きの施術をしたのが数日前です。うまくいっていれば、あの施術で卒業にできるかもしれません(次回の予約はされないかたなので実際の現状はわかりませんが、施術の手応え的には〈今後、下肢の痛みは再発しない〉もありだと思っています。となれば、めでたく整体卒業です)。私の予想以上に長引いてしまったかたなので、楽に過ごされていると嬉しい。


 で、ここからが本記事の本題なのですが、施術中にしていたおしゃべりの変化がおもしろかったのです。ふだんからPさんとは施術中、ぽつぽつ世間話をしていたのですが、前々回までの話題がいつも通りの四方山話だったのに対して、前回は、話の中身がいつもと異なる感触だったのです。何というか、ぐっと現実的で地に足の着いた、ある種、肚の据わった覚悟のようなものを感じた内容でした。なんか言い方はおかしいですが、しっかりしてきはったな〜……と秘かにしみじみ実感するような。

 身体と心は連関している、いやいや連関どころか一体だ、とか言われたりしますが、整体屋の私が「お。身体への施術が、心にも連動したようだぞ」と感じるのはこんなときです。身体が楽になって脳にも余裕ができて、感じ・考えるための容量とか集中力が良くなるからか、お客さんとお会いしていて、頭がクリアになって前向きになられたようだとか、どーんと構えが大きくなられたようだとか感じることがときどきあります。
 長らく足が痛かったPさんも、楽になって、いろいろおもろくなられたら良いなあ、と思います。


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