のぞみ整体院
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日常 17

220208 私の好きなお洗濯

 「あなたはどんな洗濯をしているの?」が話題になったので、参考までに紹介します。

 私は昔ながらの洗濯石鹸を使っています。近所のホームセンターで買うなら「ニューそよ風」、〈石けん百貨〉なる通販サイトでまとめ買いするときには「暁石鹸ローブ」とか、あんまりお高くないのを適当に。ローブなら無香タイプ、選択の余地がないそよ風は香り付きで買っていますが、香りといっても超微香で、粉の状態では匂っても洗い上がりまで持続することはないので私には安心です。
 愛用している洗濯機もこれまた昔ながらの2槽式なので、空っぽの洗い桶に洗面器5〜6杯くらいのぬるま湯を入れて石鹸粉を入れて1分かそこらぐるぐる回して泡立てて、そこに洗濯物と水を追加して洗います。で、脱水。
 1回目のすすぎは洗い桶に水を溜めながらクエン酸を放り込んで、こちらは水で溶けますから、そのまま洗濯物を入れる。で脱水。2回目のすすぎはふつうに水だけでして、で脱水。完了。あとは天日干し。こんな感じです。

 もうずいぶん前に読んだので記憶違いの可能性はありますが、確か有吉佐和子さんの『複合汚染』に洗濯屋さんの話が出ていて、「今どきの合成洗剤は泡立つばっかりで洗浄力が低い。だから皮脂汚れが残る。そこに雑菌が湧くから、洗っても服の匂いが気になるのだ」みたいなことが書かれていたのを読んで衝撃を受けて以来、私は石鹸+クエン酸派です。『複合汚染』が書かれたのは1970年代とかそれくらいですから「今どき」と言っても最早半世紀前で、ほんとに今どきの合成洗剤なら皮脂汚れだって残さず落とせるのかもしれませんが、石鹸+クエン酸で不都合を感じたことがない私は、そのまま使い続けています。

 石鹸粉の量は、汚れに応じて増減します。合成洗剤は増減しても効果は変わらないそうですが、石鹸粉は増減が肝心です。目安は、洗い終わっても泡の粒粒が少し残っているくらい、とか聞きますが、それって結構、大量なのでは……?と思います。
 粉の量を変えながら何回か洗ってみて、まあ、こんなもんで良いか、みたいなところが見えてくれば、それを〈我が家の基準量〉にするのが無難かと思います。夏か冬かとか、汚れものの量とか汚れ具合によって、ある程度の季節差と、ものすごい家庭差が出るはずなので、一般的な目安はあんまり当てにならないかもしれません。
 ただ、石鹸のアルカリに対してクエン酸の酸は強いので、クエン酸の使用量はかなり少なくて済むはずです。石鹸にせよクエン酸にせよ、使いすぎると生地を傷めますから、試行錯誤を愉しみつつ必要最小量を狙うのがベストかな、と。

 ドラム式洗濯機は知りませんが、一般的な全自動式洗濯機の一部の機種で、石鹸+クエン酸での洗濯がとてもしにくかった経験があります。
 一方に「洗濯作業を楽にして今どきの洗剤で洗う」方向の進化があるのなら、もう一方に「昔ながらの洗剤で洗いつつも洗濯作業が楽になる」進化があっても良かろうにと思うのですが、石鹸+クエン酸洗濯に特化した全自動式洗濯機が開発されたとか聞きません。不思議です。最初のお湯だけは手間だけれど、クエン酸をほど良いタイミングで追加する機能が付いていて洗い上がりがすっきり!なんて、それなりに需要はありそうに思いますがねー。ないのかなあ。


220314 整体セミナーしてました

 昨日は整体セミナーの2回目でした。内容は、いよいよ筋力検査を使って施術開始! 時間ギリギリまで練習を繰り返す充実の2時間でした。
 今回のセミナーで扱うのは簡易版ですから、教える側のこちらとしては、2回目の今回で「ひと通りの手順は紹介した」と言えば言えます。なので、今回で終わりにするか、もう一回くらい復習回もしくは熟練回を設けるか、参加者のお二人に要望をお訊きしたところ、少なくとももう一回はしようとなりました。2回目までで手順を聞いて、各自練習、次回の3回目でさらに巧く使いこなそう、の段取りです。

 参加くださっているお二人はたまたまの相席でチームになられたわけですが、とても気持ち良く〈先生役〉をさせてもらっています。お二人とも、自分がわかるようになる・自分が使えるようになることを素直に目指してくださるので、新米先生にはとてもありがたい。
 で思うようになったのは、私がしている手順・考え方をできるだけ丁寧に伝えたら、後はお二人なりの工夫・裁量で適当にアレンジしてもらえばそれで良いのだな、ということです。

 実際に整体セミナーをしてみるまでは、〈技術を伝える〉ことをもう少し杓子定規にとらえていて、私の考える手順・理論を全部そっくり伝えなきゃならないと思っていました。ですがお二人は、ともに、私とは技術を使う状況・目的が異なっていて、全部そっくりでは大きすぎる。だからいきなり全部そっくり伝えるのではなく、基本の部分だけをとりあえず伝えるから、後は各自で適当に育てていってね……に、考えが変わりました。育てた結果、全部そっくり同じになればそれはそれで良いし、その人なりの技法に様変わりしていればそれもそれで良い。
 たぶんこの緩さは、『心と身体といのちのこと』の最後で神田橋先生に言われた緩さと、いくらかは近いものなのだろうと想像します。が、でもまあ、全部そっくりではないにせよ、技法の根っこをいったんはきっちり伝えるのだ!の意気込みには私なりの頑固さを残していて、80歳になる前にこの程度の緩さに方針転換できたことは良かったなあ、と思います。


220402 支援介助法の道場見学させていただきました

 パニックになったり興奮したりで暴れている子ども・大人を落ち着かせるための介助方法を考案された人がいる、と、お客さんに教えてもらったのは昨年末のことでした。もともとは一般的な意味での武術家だったけれど、息子さんに障害があることが分かったのをきっかけに、これまで体得してきた武術的な身体遣いを応用・工夫して独自の身体操法を編み出した人です、こんな構えやこんな体捌き(たいさばき)を使われます、と、具体的な話を聞かせてもらううちに大いに感じ入りました。
 そして先日、別のお客さんから「障害のある息子が反抗期に入り、ひょっとして荒れた場合のことを思って対応方法を考えておきたいけれど、相談できる人を知りませんか?」と訊かれ、その人のことを紹介しました。ですがこのお客さん、大阪の玉造(たまつくり)にある道場に通うには少々遠方にお住まいで、しかもたぶん、武術的な習い事はされたことがなかったはずです。
 紹介したのは良いけれど、まったくの初心者が、パッと行ってパッと習えるものなのかなあ……。

 心配になったので、見学させてもらえるかどうか問い合わせた上で、先日、道場にお邪魔してきました。

 支援介助法・護道(ごどう)を考案されたのは道場主の廣木道心(ひろき どうしん)先生です。
 生徒さんがぽつぽつ集まってこられると、各自で準備体操というか練功を始められて、時間になったところで練習開始。廣木先生はご親切にも「ちょっと参加してみますか?」と声をかけてくださいましたが、私は〈自分が動くと、動くことに夢中になって、何をしているかがわからなくなるタイプ〉なので、遠慮して、じっと隅っこで見学してました。

 太極拳をかじるというか歯型をつけた程度の私に知れる範囲でも、されていることは実に理に適っているようですし、目指すところはとても優しい。すごい介助方法やなあ……唸りながら見入りました。
 使い手同士が打ち合うこととかその相手のレベルとか相手の人数とか、様々な攻防を想定すると、学ぶべき型は複雑多様になります。つまり覚えなきゃならない動きが増える。けれど闘うことを想定せずに、目の前でパニックになっている相手を害さず・害されず、なだめて落ち着かせることに絞って対応を考えると、動きも目的もシンプルになります。そしてそこに太極拳の推手(すいしゅ。組手練習のこと)で使うような〈読み〉の技法を組み合わせると、〈起こったパニックをとめる〉以前に、〈パニックの気配〉に対応できることになります。これは、すごい技法です。

 が、でもなあ……。武術初心者のあのお客さんに、このすごさと簡潔さが伝わるかなあ………………考えると自信がなくなってきました。
 練習後、廣木先生にそのことを相談すると、4月20日に発売のDVDを見ておくと武術未経験者でもイメージしやすいかもしれない、その上で見学・体験・質問・相談に来ると良いよと助言いただきました。


 帰宅してから私は『発達障がいのある子どもへの支援介助法』(廣木道心他、ナカニシヤ出版、2015年)を読み始めました。初めて本を開いたときには、字の小ささとびっしり具合に一瞬面食らいましたが、文章は読みやすいし写真とその解説は実に適切。具体的でとても良い本だと思います。DVDが出たら、私も買いに行きます。
 業界の事情に詳しくないので飽くまで部外者の思うことですが、この技法が、福祉系・教育系の資格の、集中講座とか選択科目みたいなのに含まれたりはせんのかな?と思います。対応策を知らずに現場に出るのは不安でしょうし、私なら絶対困る。使わなくて済めばそれが一番ではあるけれど、知っているからこそ醸し出される自信・安定の雰囲気もあるわけで、それが場の安心感につながれば言うことなし!だと思うのです。


220419 整体セミナー3回目と太極拳個人レッスン

 先日は3回目の整体セミナーでした。そしてその数日後には私が太極拳の個人レッスンを受けてきました。近い間隔で〈教える側〉と〈教わる側〉を体験したことになりますが、どちらも愉しかったです。この後しばらくは、教わってきた太極拳の復習とそのおかげで展開する自分への整体に励むことになります。

 整体セミナーに参加くださったのはいつものお二人です。まずはひととおり、この一か月間で感じた手応え・疑問等々をお二人に開陳いただいて、状況を把握。それから順番で、身に付けた作業手順を見せてもらって、手直し、助言。
 お二人とも、この一カ月の間に得られたものはそれぞれ異なりますから、私に思いつく〈次回までの課題〉は、お二人の間で異なります。それが愉しい。初心者のうちは、みんな一緒の〈基本の説明・基本の課題〉で用が足りるわけですが、各自、異なる経験・異なる気付きの蓄積が増えてくると〈今後積むと良い課題〉の中身は変わってきます。この〈異なる進み方〉のそれぞれに、いかにぴたっと着いて歩くか・歩けるかが〈先生役〉の醍醐味だな、と今後の展開が愉しみです。


 太極拳は、断続的ながら長らく師事しているお師匠さんに、楊式を教えてほしいと泣きつきました。陳式は以前ひと通り習って覚えて、いまはおぼろに忘れ、楊式はひと通り習ったけれど覚えられずそのままになっています。なので実質、楊式は初心者からのスタートです。

 年とともに、というよりおそらくは生半可に経験を積んでしまったがために堪え性がなくなって、〈教室に毎週通って型のひと通りを数年かけて習う〉式の習い方が億劫になってしまいました。「月に一回くらいの間隔で短時間、ギュッと凝縮して教えてください!」という我儘なお願いをお師匠さんは聞き入れてくださり、今回はその1回目でした。
 1時間半ほどの個人レッスン。実に実に贅沢な時間。気持ち良いくらいこてんぱんにダメ出しされて帰ってきましたので、次回までにはその教えをぐるぐる反芻しながらせっせと自分に整体して、皮膚・筋肉の状態を立て直すことで動きの質を変え、その上でまた反復練習、整体、反復練習、……に臨みます。すごいお師匠がいてくださってこそ初めて成立するサイクルですから、大事にせねば。


220524 太極拳教室2回目

 太極拳教室に行ってきました。教室、といっても贅沢極まりない個人レッスンの2回目です。もちろん今回も充実てんこ盛りでした。

 今回は、最初の動き――両足を揃えて立った姿勢から左足をもち上げて肩幅に開き、両手を前に伸ばしていく――のところから猛烈に指導をちょうだいしました。前回は、できていないながらも比較的さらっと見逃してくださっていたところが、今回は「ダメだ!」と判断されたようです。お師匠さんのこの、「あ、いまはここを直すべき!」の感覚にはものすごいものがあって、いったいどんなレーザービームで察知してるのだ……とたじろぐくらい、見事に私の身体のそのとき一番の弱点を突かれます。

 今回のポイントは、上肢の機能的なつながりの悪さと右股関節の頼りなさ(ただし前回よりは改善できていた様子)でした。
 前回がんばってした〈へその施術〉はそこそこうまくいっていたようで、へそ関連の動きのまずさは、今回はあまり指摘されませんでした。
 太極拳的動きの理解不足については徹底的に説明くださったので、納得の上、次回までにちゃんと修正していく。……これらが次回までの宿題です。

 教室を終えて検査してみると早速、上肢の問題にピタリと焦点が合っていました。右薬指から手首にかけての癒着です。私の薬指は左右とも、物心ついた頃からバネ指がありますので、なるほどー、これが上肢のつながりを切断していたのか……大いに納得。
 右股関節は、前回も、へその施術に絡めて少しいじってみています。が、どうもうまく施術しきれていません。今回も、腕の施術に併行して再チャレンジしてみます。右上肢の具合が悪いせいで右股関節の施術がうまくできないのであれば(良い位置で力が維持できない感じがあるのです)、今度は前よりはうまくできるかもしれません。そんな期待も込めつつ、しばらく自分整体に励みます。あ、もちろん、練習だってします。


220603 『発達凸凹』テレビ出演?!

 明日6月4日(土)放送開始のドラマの中で、杉山登志郎先生と作った『教えて 発達障害・発達凸凹のこと』が取り上げられるそうです!
 ドラマのタイトルは『僕の大好きな妻!』。放送時間は深夜11時40分〜で、大阪ではカンテレ8チャンネル、全国的にはフジテレビ系になるのでしょうか。ご興味のかたはご確認ください。

 数か月前に出版社のかたから連絡いただいて、「テレビ局(?)から企画書が届いたよ!」「え! それはすごい!」大興奮だったのですが、なんせまだ企画書だし、企画が実現するかどうかもきっとわからんわけだし、あんまり前のめりに興奮してもいけないな、うんうん。自制して、ブログでの報告も控えていました。が、先日テレビで予告を流しているのをたまたま見て、ああ、本当にドラマ化されたのだな……ようやく安心して、報告する次第です。
 取り上げられる、といってもどの程度取り上げてくださるのかは全然わかりませんので、主人公の本棚に刺さっているのがパッと映る程度なのかもしれないし、企画はしたものの本の部分は取りやめになったかもしれません。いまここで告知しつつもビクビクものなのですが、そこそこ好意的に取り上げてくださることを期待します……。

 とりあえず私は録画予約しました。記念用、というより、連続ドラマを連続して見れた試しがないので見忘れ防止のための予約、です。


220705 セミナーを4つしてました

 ブログへの記録が遅れましたが5月と6月にそれぞれ1回ずつ、整体セミナーと筋力テストセミナーを開催しました。整体セミナーのほうはいつもの受講者お2人。筋力テストはお2人ずつ、別々のかたに参加いただきました。

 筋力テストセミナーは相席待ちでお待ちいただいていたかたが無事修了され、待機中の人はいなくなりました。待っていただく心苦しさから解放されて、とりあえず私はほっと一息。
 一方、整体のほうもそろそろ〈教える―教わる〉時期は越えて、お二人とも、〈自分で自分の技を作り上げてゆく〉段階に入られました。それに伴い、次回からはセミナーの間隔を開けていきます――って、開けていきますになるのか・次回で終わりになるのかはわかりませんが。いずれにせよ、私が担当する部分については〈ひと仕事終わり〉の気配が見えてきました。めでたく、ありがたく、お二人の今後が愉しみなことです。


220725 ドラマ最終回

 土曜ドラマ『僕の大好きな妻!』が最終回を迎えました。発達障害を取り上げたドラマで、「テレビ局から、杉山登志郎先生へのインタビュー本『教えて 発達障害・発達凸凹のこと』を参考文献にして良いですか?と問い合わせがありましたよ!」と出版社に聞いてから、「もしやドラマデビュー?!」とそわそわしていましたが、すみません、思い込みが過ぎました。
 最初のたぶん4回くらいまでは、エンディングテーマ下に流れるスタッフ紹介字幕で〈参考文献〉的に書名が映っていましたが、5回目(?)以降はその表記もなくなって、それで終わりでした。
 そもそもスポンサーじゃないのだし、番組内に登場すると思うほうが厚かましいのか!と、私が気付いたのは最近でした(←遅い)。書籍の場合、本文中への短い引用であれば版元に断ることは特段せず、その一方で、書評とか〈本の紹介特集〉のような企画で取り上げる場合は断りがあったりするようなので、ドラマの〈参考文献〉も後者のような扱いなのかもしれません。

 ドラマは全話見ましたが、私的には、どのスタンスで見れば良いのか迷う場面がいくつかありました。お話だからとスルーすべきか、発達障害・発達凸凹の描き方・扱い方として意識するべきか……。もともと発達障害・発達凸凹は個人差・環境差・運……などの影響が大きい領域ですから、「私たちはこうなんです」「このお話ではこれで良いのです」と言われたら「あ、そうですか」と納得するしかないですが、でもドラマでこの描き方するのは良いのかなあ……と引っかかる私もいる。作り方として、「所詮ドラマだしな」と切り離して見れるほどぶっ飛んだドラマではなかったのが、モヤモヤの原因かもしれません。
 『教えて〜』の共著者・凸凹当事者としては、あのドラマ(に限らず何でも)をきっかけに「へえ、発達障害だけでなく発達凸凹という考え方もあるのか」と思ってくださるかたが増えてくれると嬉しいなあ、と思います。


220811 恩人を思う日

 昨日は朝早くから自転車で映画を見に行きました。中学生か高校生のときにご著書を読んで以来仰ぎ見ていた、中村哲さんのドキュメンタリー映画『荒野に希望の灯をともす』です。パキスタンとアフガニスタンで地道で根気のいる、壮大な仕事を続けられた医師の記録映画です。映画館に着くと母から電話があり、精神科医の中井久夫先生が亡くなられたと知りました。私が中井先生にお会いできたのは数回ですが、学恩も、個人的な恩もあるかたです。しんみりした気分で、つよく美しい人の映画を観ました。
 帰りは猛烈な炎天で、途中、ご飯をたらふく食べてよたよた自転車をこいでいると、前を歩く人が、20年近く前、会社員時代にものすごくお世話になった上司に似ていることに気付きました。よっぽど声を掛けたかったけれど、人まちがいの可能性は高そうだし、だとしたらこんな汗だくのよろよろ状態ではまるで不審者だし、そもそも上司が私のことを忘れていれば人まちがいでなくてもびっくりされるだろうし、とかなんとかかんとか言い訳しているうちに、いまから戻るのは不自然なくらい、通り過ぎてしまいました。

 今日は思いがけず、懐かしい恩人の思い出に浸る一日だったなあ……と切なくもあたたかい思いで家に着くと、案の定、ごくごく軽い熱中症にもなっていました。なので、パピコ食べて風呂を浴びて早々に寝ました。


220903 久しぶりに再来店のお客さん

 「5年くらい前にお世話になったものですが……」と、先日、予約の電話をいただきました。「Pです」と名乗られましたが、お名前にまったく聞き覚えはないし、声とか話し方の感じにもピンと来る気配は全然なくて、う〜〜ん……どなただろう……。もやもやした気分で電話を切りました。
 それから早速過去の予約帳を調べてみると……5年どころか! 15年前に数回来られたお客さんでした。そりゃあ、施術記録も残ってないわけです。

 当日Pさんが来店され、実際にお会いしても、私にはさっぱり記憶がない。Pさんのほうは「断片的には覚えています」とは言われるものの、「帰り道が楽だった」とか「頭がすっきりした」とか施術後の体感を覚えておられるだけで、「お久しぶりで〜す」みたいな〈再会〉感は全然ない。お互い、ほぼ初対面。
 ふつうの対人関係なら〈ほぼ初対面の再会〉でも問題はないのでしょうが、整体屋的には微妙な問題があるもので、前回の私がどんなふうに施術を終えているかがわからないのは、ちょっと頼りない。15年の間隔があってなお〈前回からの続きの作業〉をそのまま始めるつもりはないですが(、技術もきっと変わっているでしょうし)、当時の私なりに一応の区切りをつけたつもりでいるのか・まったくの作業途中で中断になったのか、そこは知っておきたい。でも記録はない。Pさんもそこは記憶にない。
 仕方がないので、前の私はちゃんと仕事したんかなあ……〈いまの仕事〉を新しく始めつつ、前回までの私の作業の〈途中の痕跡〉〈失敗の痕跡〉が見つからないかどうか、少々はらはら探しながら、再会1回目の施術を終えました。

 とりあえず次回、Pさんは近々の予約を取って帰られましたので、まだしばらくは、はらはらしながら施術することになると思います。やれやれ、久しぶりに緊張しました……。


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